②水漏れの引き金は殺人事件
室内はまるでスチーム風呂だった。あるいは『♪霧の摩周湖』。
天井のいたるところから水が漏れており、暖房がそれを水蒸気に変えていた。特に、天井照明用の差し込み口からは、ツーツーと間断なく水が流れている。差し込み口は各部屋に二つ以上あるから〈たまったもの〉ではない。というか、部屋中に置かれたポリバケツに、水が〈たまり放題〉である。室内というより、雨天や濃霧の屋外といった方がふさわしい。
拭いても拭いてもメガネを曇らせるもくもくの白い世界を凝視すると、人々が蠢いていた。
「こちらが借家人ご一家、こちらが小社の修理係、こちらが不動産屋さんの助っ人で……」
『めでたい苗字』が人々を紹介してくれたが、みんな挨拶どころではない。バケツの水を捨てる、タオルで床を拭く、タオルを絞る、ビニール袋や新聞紙で電化製品を覆う、仏壇やベッドを安全な場所に動かす。とはいえ、安全な場所なんてないので再度動かす。軽いものは室外に運ぶ……と、やるべきことが目白押しなのだ。
私のマンションは3DKで、専有面積は57・31平方メートル。さして広くもない部屋に幾人もが混沌と作業を繰り返し、なおかつ、家具が部屋の真ん中やら廊下やらに置かれているものだから身の置き場がない。
『めでたい苗字』が耳元で囁いた。
「大家さんには、とりあえず現状を確認していただいたということで、ここはひとまず出ましょうか」
私は、借主一家に深く頭を下げて部屋を後にした。
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