⑩〈開かずの間〉開いた!
事件から数えて12日目。
とうとう警察の捜査が終了、〈開かずの間〉が開いた! 思えば、毎日が誠に一日千秋の日々だった。
だが、被害者とはいえ、私に上階の部屋に入る権利はない。それに入ったところで、素人は足手まといなので、水漏れの原因検証は『めでたい苗字』とA社に任せた。
『めでたい苗字』の報告によると、落水原因は当初の見立て通り、トイレタンクと洗濯機用の水道蛇口が破壊されて水が噴き出したことで、他に理由は見当たらないという。たった2カ所が原因で、3日半もの間、水が漏れ続けたとは意外な気もするが、別の見方をすれば、それだけ長時間水が出っ放しになっていたということだ。そして、その間に上階の部屋の床下と私の部屋の天井の間に、水が溜まりに溜まりプール状態と化してしまった。
A社が、私の部屋の賃借人から水漏れの知らせを受けたのが、2月△日、午前3時58分。上階の部屋を訪れたA社社員(殺人事件の第一発見者)が、警察に通報後、水道メーターバルブ(元栓)が閉められたのが午前7時。少なくともこの3時間水が流れ〈続けた〉わけだが、水が流れ〈始めた〉時刻となると、依然〈謎〉のままである。
〈謎〉といえば、監視カメラに映っていたという「血だらけの全裸で走り回る」容疑者の姿。なぜ、彼がこんな行為に及んだのか(それにしても、マンション住人が誰も彼と鉢合わせし なかったのは不幸中の幸いだ)。殺人の原因はなんだったのか? 殺人がどんな経緯で行われたのか? それより何より、容疑者が今現在どこにいてどんな状態にあるのか? 上階の部屋にまつわるすべてのことは、一般社会はもとより、私を含めたマンションの全住人に〈謎〉のまま残された。その意味で、物理的に〈開かずの扉〉は開いたものの、上階の存在自体はいまだに〈開かずの間〉だといえる。
私は、自分の部屋の真上にどんよりと重苦しい脅威を感じながら、復旧工事に向けて行動を開始した。とにもかくにも、まずは見積りだった。水漏れの原因報告を受けた私は、その場でA社に見積りを依頼した。
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