実録 水漏れマンション殺人事件

ある朝、突然、天井から水が降って来た。原因はなんと殺人事件! 水漏れ、殺人、精神障害者、裁判‥‥これは、てんこ盛りの〈マンション被害〉と闘った〈事故物件の大家さん〉=私による本当にあった話です。

⑥私の損害保険は有効か?

f:id:RyokoHisakawa:20170515134055p:plain  自分は、なんらかの損害保険に入っているはずだ。だが、それがどんな内容なのか私は理解していなかったし、分厚い保険契約書を真面目に読んだことさえなかった。そもそも、私はどこの保険に加入しているのか? 慌てて実家に戻った私は、冷や汗をかきながら本棚や机の引き出し、タンスや押入れの中を探しまくった。

 そうしておよそ1時間。あった! ようやく本棚の隅に20年も前の保険書類を見つけた時、私は思わず書類の束に頬ずりをした。どうやら、自分はマンション購入時に、Y火災海上(後S保ジャパン)が幹事会社の保険に入ったようだった。

 たくさんの書類の中から、以下の文字が目に飛び込んだ。

 保険期間/1992年6月30日〜2027年6月30日

  おぉ、セーフ、大丈夫だ。私は、胸をなでおろした。

 ところが、よくよく見ると契約書のタイトルは、「住宅金融公庫特約火災保険」とある。火災保険? 火じゃない、水です、水。再び、冷や汗が全身を襲う。

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 しばらく書類の束と格闘していたら、「お支払い内容」なる書類を発見。そこには、わかりやすいイラスト付きの説明で、「保険をお支払いする場合」として、「火災による損害」の他にたくさんの項目が併記されていた。知らなかった、火災保険って火災だけを扱うんじゃないんだ。

 落雷、破裂・爆発、風・ひょう・雪災……そして、あった、あったよ、ありました、「水濡(ぬ)れ損害/給排水設備に生じた事故。他人の戸室で生じた事故」。文章の下には、天井からの落水を、洗面器で受けようと右往左往する人が描かれていて、昨日見た光景そのものだった。これだ、これでいける。

 だが、待てよ。書類には「住宅金融公庫特約」とある。私はマンション購入時に、住宅金融公庫を含む数社とローンを組んだのだが、公庫分の返済はずいぶん前に終わっていたことを思い出した。それでも、この保険は有効なのだろうか? それに、住宅金融公庫を使うには、本人がそこに住むという条件があったはずだ。そうすると、大家である私にこの保険を使う権利はあるのか?

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 疑問と不安でいっぱいになって、私は、保険業を営む友人に電話をかけた。事情を話すと、彼は気の毒がりながらもこう忠告してくれた。

「契約書を全部読まないとなんとも言えないなあ。確かに保険って、報告の仕方で受領額が違ってくる側面はあるんだよね。でも殺人事件ともなれば、当然警察の調書も作成されるから、小手先のテクニックなんか通用しない。今大事なのは、一刻も早く保険会社に報告すること。早くしないと、何か工作していると疑われかねないよ」

               

 彼との電話を切った私は、腹をくくってS保ジャパンに電話を入れた。何人かのオペレーターと話した後で、年配らしい落ち着いた男性の声が聞こえた。担当者だという。彼は、私の話を聞き終えると淡々と言った。

「落水の状況写真、水濡れ箇所を記した平面図、それに修理の見積書を郵送してください」 

「ということは、殺人事件絡みでもこの保険は使えるんでしょうか?」

 恐る恐る尋ねると、

「はい、おっしゃる通りです。いくらお支払いできるかは、書類審査をしてみないとお伝えできませんが」

 ホッ、第一関門通過。

 そこで私は、大きく深呼吸をして懸案事項を一気に述べた。

「あの、私、住宅金融公庫の返済を終了しているんです。それに、ここに住んでもいません。住んでいるのは別の人で、つまり、私は大家なんですが……」 

「返済を完了された場合でも、解約されない限り契約満期日まで保険は有効です。あなたは解約されていないし、大家さんでも問題はありません。では、現在どちらにお住まいですか?」 

「アメリカです」

「えっ、アメリカなんですか!」 

 担当者の落ち着いた声のトーンが高まった(ように私は感じた)。もしかして、この保険は日本居住者でないと通用しないのだろうか? 

「アメリカに住んでいるとダメなんでしょうか?」

 胸がバクバクと鼓動し、鼓膜を刺激する。

「いいえ、アメリカでも問題はないです」

 ふぅ〜。なーんだ、おじさん、脅かさないでよ。

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 S保ジャパンのおじさんに、「必要書類を近日中に郵送する」ことを約束して電話を切ると、私はへなへなと床に倒れ込んだ。昨日から次々襲う極度の緊張と、なんらかの保険金が出そうという安堵感。あまりにも気持ちのアップダウンが激しすぎる。

 しばらく床に倒れ込んだ後で、『めでたい苗字』に電話で報告すると、

「あー、それは良かったですね!」

 と、我がことのように喜んでくれた。2人は、この2日間でなんだか同志のような関係になっている。ありがとう、『めでたい苗字』。さあ、後は、水漏れが止まるのを待つだけだ。  

mizuman.hatenablog.jp

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