実録 水漏れマンション殺人事件

ある朝、突然、天井から水が降って来た。原因はなんと殺人事件! 水漏れ、殺人、精神障害者、裁判‥‥てんこ盛りの〈マンション被害〉と闘う中で見えてきたゾ、ヘンテコリンな日本の真相。

②水漏れの引き金は殺人事件

 f:id:RyokoHisakawa:20170515134055p:plain 室内はまるでスチーム風呂だった。あるいは『♪霧の摩周湖』。

 天井のいたるところから水が漏れており、暖房がそれを水蒸気に変えていた。特に、天井照明用の差し込み口からは、ツーツーと間断なく水が流れている。差し込み口は各部屋に二つ以上あるから〈たまったもの〉ではない。というか、部屋中に置かれたポリバケツに、水が〈たまり放題〉である。室内というより、雨天や濃霧の屋外といった方がふさわしい。

 拭いても拭いてもメガネを曇らせるもくもくの白い世界を凝視すると、人々が蠢いていた。

「こちらが借家人ご一家、こちらが小社の修理係、こちらが不動産屋さんの助っ人で……」

『めでたい苗字』が人々を紹介してくれたが、みんな挨拶どころではない。バケツの水を捨てる、タオルで床を拭く、タオルを絞る、ビニール袋や新聞紙で電化製品を覆う、仏壇やベッドを安全な場所に動かす。とはいえ、安全な場所なんてないので再度動かす。軽いものは室外に運ぶ……と、やるべきことが目白押しなのだ。

 私のマンションは3DKで、専有面積は57・31平方メートル。さして広くもない部屋に幾人もが混沌と作業を繰り返し、なおかつ、家具が部屋の真ん中やら廊下やらに置かれているものだから身の置き場がない。

『めでたい苗字』が耳元で囁いた。

「大家さんには、とりあえず現状を確認していただいたということで、ここはひとまず出ましょうか」

 私は、借主一家に深く頭を下げて部屋を後にした。    

          f:id:RyokoHisakawa:20170808165141j:plain

  「実は……」

 ロビーに戻ると、『めでたい苗字』が小さな声で話し始めた。

「明け方の3時58分に、借家人さんから『天井から落水している』と緊急サービスに電話が入りまして。うちはこのマンションの管理会社ですが、緊急サービスや修理修繕はA社に外注しているんです。それで、A社の社員がすぐに駆けつけました。社員は、原因が真上の部屋にあると判断し、そちらを訪ねたわけです。すると……」

『めでたい苗字』が、ひときわ声を小さくして続けた。

「扉には、鍵がかかっていなかったそうです。で、扉を開けると……」

「扉を開けると?」

「血だらけの水たまりの中で、老婆と男が倒れていた……凶器は包丁だったみたいです」

 私は、イスから落ちそうになるのを必死にこらえた。繰り返すが、私は先ほどまで寝ていたのである。そこに「ちょっと事故」と聞いて、ここまでやって来たのである。いきなりこんな〈えぐい話〉をされても、頭の中に入ってきようがない。

「つまり殺人事件でして。第一発見者となったA社社員は、今、警察で事情聴取を受けています。落水の原因は、トイレタンクや洗濯機用の水道蛇口が破壊され水が噴き出していたことのようです。水道の元栓は、今朝7時頃に閉められたのでもう大丈夫とは思いますが、なにせ上の部屋は警察以外立入禁止なので、確実なことは何も言えないのです」

「……」

 言葉を失ったままの私を慰めるように、『めでたい苗字』が付け足した。

「ま、犯人は捕まったのでご安心ください。それに、通常なら水漏れは数時間で止まりますから。様子を見ましょう」

「はぁ……」

 ふと腕時計に目をやると、時計の針は10時台を指していた。借主の落水報告から、すでに6時間以上が経過している。2人とももはや会話が続かず、気まずい沈黙だけが流れた。

 

 

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